セクハラについて考える

セクハラって言葉、私が10代の頃はなかったんですよー(笑)確か社会人になった頃に一気に広がったのかなぁ…歳がわかりますねー

で、今回はそのセクハラの話。

セクハラといっても色々なパターンがあると思うのですが---例えば、結婚退職の強制、雇用上の女性差別、女性蔑視などもセクハラですが---今回取り上げるのは、いわゆる「性的な」嫌がらせのこと。嫌がらせっつーか、よーするに、Hなことを言ったりしたりすることね。

私は入社1年目に同じ会社の先輩にさんざんセクハラされました。体をべたべた触られたり、二人きりで車に乗っているときに「ホテルに行こうか?」なんてしつこく言われたり。本人は軽い冗談のつもりで言っているらしいのですが(とはいっても、あわよくば、とも思っていたようだけど)、入社間もない新入生が大先輩にこんなことばかりされてはたまったモンじゃアリマセン。

そんなわけで、私はセクハラ容認派(?)ではもちろんありませんし、自分もそれなりに不快な思いをした経験者です。

でもそんな私でも、セクハラについて首を傾げたくなることがよくあるんですよね。それは、女性の服装について。
「太もも丸出し、上半身キャミソール」の下着のような姿で「男の人がいやらしい眼で見るのが不愉快」と憤慨しても…それは、しかたないんじゃないかと思うんですが(^_^;) フェミニストの方々がおっしゃる”服装の自由”とやらは、ちょっとどうなのかと… だって、セックスアピールがあることを承知でそういう服を着ているわけですよね?それで「自分が望まない人物からの」視線を感じると不愉快だと?女性の私が見ても「出しすぎ」と思うのだから、男性から見たら、そりゃあつい目線がいってしまっても無理もないというもの。それを憤慨されても…困っちゃいますよねぇ?男性だって。

命が惜しければ、わざわざ自分からライオンの檻には入らないですよね?(って、しょーもないたとえですが!) 同じように、男性のいやらしい視線がいやなら、そう見られるような服装は避けるべきです。いくらそれが服装の自由だと言ったところで、相手は本能的にそうしてしまうのだから、ライオンの檻に入って「食べるな」と言うようなもの。もちろん、いかなる理由でもレイプや痴漢行為は許されることではありませんが、「見るな」と言うのは無理でしょうに…

時代と共に、露出度の考え方も変わるもの。「出しすぎ」という感覚も、昔と今では大分違っているでしょう。そして、流行に敏感な女性と一般的な男性の感覚も食い違っているのかもしれません。女性は全然そのつもりがなくても、男性が「ギョッ」とするような服装だったりして。

では、どのような基準で「出しすぎ」を判断すればいいのか?

私が基準になると思うのは、あなたが嫌いな(且つグラマーな)女性が、あなたの好きな人の前でしてきた時に不快に感じる服装です。「ちょっとなによあの子、あんなに肌を出しちゃって…」と思うなら、きっと男性に媚びたニュアンスのある服装なのでしょう。そういう服装をあなたがしていたら、男性にじろじろ見られてもしかたがないかもしれませんね。なにしろあなた自身がセクシャルに感じた服装なわけですから。

もう一つ、これは特に男性に対してなのですが、「こんなことくらいでセクハラだと騒ぐな」と言う方に、セクハラかどうかの私なりの判断基準を一つ。
あなたの恋人・奥さん・好きな人に、他の男性がしたら不快だと感じること…「単なる肩もみ」だろうと「スキンシップ」だろうと、あるいは「軽い冗談」だとしても…これは間違いなくセクハラです。セクハラオヤジとあだ名されないように、どうぞお気をつけ下さいマセ。

?-2000

追記:

セクハラという言葉、出てきたときはかなり画期的な印象だったのですが、今や本当に一般的な言葉になりましたねぇ。で、男性から女性に対するセクハラだけでなく、その逆、女性から男性へのセクハラもかなり見受けられるような…。

たとえば、 私の旦那はローライズからのぞく下着や生肌が大嫌いです。たとえどんなに美しい女性でも例外なく、非常に汚らしく感じるのだそうで、よく「見たくもないのに見せられて、あんなのセクハラ以外の何ものでもない!」と怒っています。下着や生肌が見えてラッキー、なんて程度かと思いましたが、意外と男性達には不評なようですよ。見せ下着なんてものもありますが、あれも女性の間だけの感覚なのかもしれませんね。

1-Mar-2006