沖縄・45:平和の塔

三姉妹を出た後の予定は、もう空港の方向に向かうばかり。でも、まだしばらく時間がありました。
すると旦那が唐突に、「少しこの周辺を走ってみようよ」と、空港と反対方向にハンドルを切りました。

なぜ旦那がそうしたのかは未だにわかりませんが、私達は特に何のあてもないまま、時折西日が差す夕暮れ時の景色の中を、成り行きで進んでいったのです。

しばらく進んだところで、ふと小さな標識が目に入りました。
「平和の塔」と書いてあります。
それが一体何なのかよくわからないまま、私達は引き寄せられるようにそちらに向かいました。

細い道をしばらくたどった先に現れたのは、太平洋を一望する岬と、そこに建てられたモニュメントでした。

岸壁から海を望むと、黒い岩肌にひたすら打ち寄せる波の、白い波頭が見えます。
ここからは、昼間はきっと素晴らしい眺めが見られるのでしょう。でもこのときは、どこか厳しく、またさびしい風景にも見えました。

ここはいったい、どういう場所なんだろう?
名前からして戦争にかかわっていることは予想がつきますが、人知れずひっそりと建っているここはいったい…

よく見ると、モニュメントの横の石碑に、この場所のいわれが刻まれていました。
平和の塔は、6月20日に玉砕した第62師団と、住民を含めた一万人の犠牲者の遺骨を奉納し、弔うために、昭和27年に建立されたものだったのです。(現在の塔は昭和44年に建て替えられたもの)

ここ喜屋武岬は沖縄戦でも有数の激戦地で、米軍に追い詰められた住民たちがここから身を投げる悲しい出来事もあったのだそうです。

私達が今、ただぼんやりと眺めた海を、本土決戦を引き延ばすために戦い続けた兵士たちや沖縄の人々は、どんな思いで見たのでしょうか。

そういう場所が、観光地化したひめゆりの塔などとは違い、ガイドブックにも載っていない。(るるぶの地図には名前だけありました)
でもその場所に、大きな通り沿いでもないこの場所に、私達は偶然にもたどり着いた。

そのときになんとなく感じたのは、「誰か」が私達をここに呼んだのではないか、ということでした。
ひめゆりの塔に立ち寄らなかったことを内心後悔していた私を、それならこちらを見ておきなさい、と、誰かが導いたのかもしれません。

少なくとも今回は、ひめゆりの塔よりもこちらに来てよかった。私はこういう場所があるということすら知らなかったのですから。

追記
ここを訪れた時、私はしばらくの間、岬の東側の海岸と、そこに打ち寄せる波を見ていました。(上の2枚の写真が東側の眺めです)

この記事をアップしてから知りましたが、写真の上のほうに突き出して見えるのが荒崎海岸、ひめゆり学徒隊の女生徒たちが最後に集団自決した場所だったのだそうです。なんたる偶然…

私達がここにいた間、他にも観光客らしい数組の人たちが訪れました。
ギャル風の女の子グループは、なぜかモニュメントの前や後ろでピースサインをし、ポーズを決めながら撮影大会をして去って行きました。うん、それはちょっと違うと思う(苦笑)

その後、いつの間にか若い学生風の男性の姿もありました。短パンにラフな服装で、吉祥寺あたりで女の子と連れ立っていそうな、今風の男の子です。
ところが彼は、一人静かにモニュメントの前に立ち、ただ黙って手をあわせました。
そしてその後、私達が海を眺めたのと同じ場所で、しばらく遠くの海を眺めていました。

日本もまだまだ捨てたもんじゃないな、と、その後ろ姿に思いました。

◆沖縄旅行記2010:目次◆

“沖縄・45:平和の塔” への4件の返信

  1. ★oyanzuさん、

    お久しぶりですね(^^)
    こちらまで見ていただいて、ありがとうございます!

    > その青年はきっと、人を思いやる心をしっかりと持っているのだと感じました。

    > 身近な所でも目に余る事があり、意見を申し上げれば逆に批判が帰ってくる始末…「あんた、ダレ?」「業務手順の沿っただけだ」「個人のやり方がある」その他多数…

    そうですね、大人と呼ばれる年齢になっても
    他人の気持ちを慮る想像力に欠ける人が増えているのかもしれません。
    (私も人のことは言えませんが!)
    だから、少しでも自分に意見されると攻撃されたと受け止め、
    自分を守るために、逆に相手を攻撃するしかできない。
    そういう人たちは、気持ちが脆いのかもしれませんね。

    あの学生風の青年は、平和の塔を目指してきたのか、
    それとも私達のように偶然訪れたのかはわかりませんが、
    そこがどういう場所なのか、そこで何があったのかを
    ちゃんと想像できるからこそ、静かに手を合わせたのでしょう。

    大げさではなく、
    こういう若い子がちゃんといるのだから
    日本はまだ大丈夫だな、と思いましたよ、ホント(笑)

  2. こんにちは。かなり以前「吉祥寺…」の方にじゃじゃ麺についてコメントをさせていただいた者です。勝手ながら感じたままを書かせていただきます。

    その青年はきっと、人を思いやる心をしっかりと持っているのだと感じました。

    私自身が他人の事をとやかく言えるような存在で無い事は承知しているつもりです。

    しかし昨今、思いやりが欠如した言葉、行動が当たり前のようにまかり通っていると感じます。

    身近な所でも目に余る事があり、意見を申し上げれば逆に批判が帰ってくる始末…「あんた、ダレ?」「業務手順の沿っただけだ」「個人のやり方がある」その他多数…

    私は物事が成立するには、それに至る経過が大切と思います。多くの事柄で成果ばかりを求められる事が、人を思いやる心を失わせているのだと感じます。

    私、中年オヤジではありますが、その青年のように振るまいたいものです。

  3. ★わたがしさん、

    そうですね、私もジンときてしまいました。
    ひめゆりの塔の商売人たちでいやな気持ちになっただけに、
    まさに救われた思いがしました。
    最後に訪れた場所があそこで良かったと思います。

  4. こんにちは[E:happy01]

    手を合わせた 青年。
    なんだか [E:weep]涙が 出てしまいました。 救われた思いが しますね。最後に 良い思い出が 出来ましたね[E:typhoon]

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