愛情を感じたいだけなのに

…エンゲージリング

結婚を決めて数日後、吉祥寺をぶらぶらしていたら、彼が突然、普段は寄り付かない某若者向けデパート「○井」に立ち寄った。

「お約束のもの、買ってあげるから、選んで」

”お約束のもの”とは…そう、エンゲージリングのことだった。

『…(えええーーーーーっ??)』
買ってもらえる喜びを通り越して、私は非常に戸惑ってしまった。

まず、『なぜ、今日突然?』
昨日の今日で、どんなものがいいかなんて、何にも考えていなかった。一生に(多分)一つのモノを、その場の思いつきで選ぶなんて出来ないし。

そして『なぜ、○井?』
いや、○井が悪いと言うのではないけれど、少なくとも、ここは○ィファニーやら○崎真珠やらのような店ではない。エンゲージリングの品揃えなんてタカが知れている。今日、この中から…このたった数個の中から選べっていうんだろうか?ちょっと軽率すぎるんじゃないの?

そこで、とどめ。「石の大きさとかじゃなくて、デザインで選べよな」
・・・。つまり、「高いのを選ぶな」って、遠まわしに言ってるわけね…

むこうで彼が「これはどう?」なんて言ってる指輪は、華奢なリングにちっぽけなダイヤとルビーが申し訳程度に乗っているもの。どう見てもファッションリング…値段的にも、自分で買った4℃のリングのほうが高いくらいだ。

『…(う、ううーーーーん…)』
色々な計算と戸惑いで混乱しまくった私は、「今すぐには決められないから…」と、○井を後にした。

飛び切り大きいものや、ブランド物が欲しいわけではない。 でもエンゲージリングは、他のファッションリングと同じでは困る…いや、困らないけど、もらう意味がない。

じゃあ、もらう意味って何?…婚約の記念とか、結納代わりとか、世間的には色々あると思うけど、それならファッションリングでも問題ない。そんな形式のことじゃなくて、もっと何か…『エンゲージリングはこうでなくちゃ!』という何かが…

そう、大事なことがあった。
未来の旦那様に、「多少の無理をして買って欲しい」のだ。

高価なエンゲージリングは、はっきり言って「無駄なもの」だと個人的には思う。人によっては律儀にも給料3か月分を花嫁の薬指のために使っちゃったりするわけで、これから物入りって時に、何を暢気な…という気もする。
でも、その「無駄使い」こそが、花嫁の自意識を満足させる。
『私のために、彼は無理をして(こんな無駄なものを)買ってくれたのね…』
この無理度合い?が、花嫁の「私って愛されてる」という満足感になる。
愛する彼に、私のためだけに苦労してほしい。精一杯背伸びする彼の姿に愛情を感じる、この大いなる矛盾…。

だから、大金持ちの彼に1カラットのダイヤをもらっても、「これっぽっち?」と思っちゃうかもね。全然無理しなくても買えるのなら。
女の子たちが大きなダイヤを自慢するのは、資産的価値(?)があるからではなく、「私ってこんなに彼に愛されてるの」という、愛情自慢…だと思う。多分。

逆にいえば、やたらと高い指輪を買わなくても、未来の花嫁に「愛されてるんだわっ」という満足感を持たせてあげられれば、それでいいんじゃない?

そこのところを、花ムコ殿は理解していなかった。

後でわかったことだけど、彼は、宝飾店なんて気恥ずかしくて、できるなら足を踏み入れたくなかったそうな。さらに、私愛用の4℃のリング…華奢な台座に小さな石が二つの、清楚な指輪…と似たデザインなら、きっと4℃同様、肌身はなさずつけてくれるだろう、と思ったらしい。確かに私は、それ以外の指輪はほとんどしたことがない。

そっか…それも、彼なりの愛情かなあ。
でも、こんなデザイン、年をとったらつけられないよ…

そんなわけで私たちは後日、○ィファニーでも○崎真珠でもなく、御徒町に行った。 どうせなら、いいものを安く買いたいもんね。